第9話:社長、あなたの「現在」は何年後ですか? ―― 5年先の危機を「今」嘆くのが名経営者の条件

「今月の売上が足りない」「今期の目標が未達だ」
もし、あなたが社長としてそんなことばかりを口にしているなら、厳しいようだが、一倉定に言わせれば「社長失格」である。

なぜか。社長が見るべき「現在」の時間軸が、根本から間違っているからだ。

凡庸な社長は「今月末」の数字を追いかける。
だが、歴史に名を残す名社長は、常に「5年後」を現在として生きている。

この時間軸の差こそが、企業の格の差であり、存亡を分ける決定的な境界線なのだ。


5年後が「現在」でなければならない、残酷な理由

なぜ、社長にとっての現在は「5年後」なのか。
それは、経営における「成果」が出るまでのタイムラグを考えれば、自ずと答えが出る。

一倉定は、新しい事業や商品を立ち上げ、それが真に収益の柱として軌道に乗るまでには、最低でもこれだけの時間がかかると断言する。
「製造業なら、どんなに急いでも5年はかかる」

思い出してほしい。
一つのアイデアが生まれ、試作品を作り、何度もテストを繰り返し、ようやく量産体制を整える。そこから販路を開拓し、顧客の信頼を勝ち取り、リピートが生まれる。この一連のプロセスが、わずか数ヶ月や1年で完結するはずがない。

つまり、5年後に会社を支える「稼ぎ頭」は、今この瞬間に種を蒔いておかなければ、絶対に間に合わないのだ。

世の中の変化は、我々の想像を絶するスピードで加速している。
しかし、新しい価値を育て、市場に定着させるには、昔も今も変わらず「時間」という物理的なコストが必要だ。

変化に気づいてから慌てて動いても、手遅れである。5年前に動いていなかったツケは、5年後の倒産という形で回ってくる。
だからこそ、社長の視線は常に5年先に固定されていなければならない。

今月の売上管理は経理部長に任せればいい。今期の予算達成は営業部長に責任を持たせればいい。
社長という人種が、唯一責任を負わなければならないのは、「5年後の我が社の生存」なのだ。


電源トランスメーカーが教えてくれた「名社長の条件」

一倉定が、ある電源トランスメーカーを訪問した際のエピソードがある。
この話には、経営者が持つべき「時間感覚」の本質が凝縮されている。

当時、その会社は空前の好景気に沸いていた。
電子レンジの普及率が10%から15%へと急上昇しており、電子レンジ用トランスの主要メーカーだったその会社には、注文が殺到していたのだ。業績は右肩上がり。社員も活気にあふれていた。

普通の社長なら、こう考えるだろう。
「今がチャンスだ! 設備を増やせ。営業をかけろ。シェアを一気に奪い取れ!」
今、目の前にある「金脈」を掘り当てることに、全神経を集中させるはずだ。

しかし、その会社の社長は、一倉の前で全く正反対のことを口にした。

「一倉先生、電子レンジのトランスは今は確かに伸びています。しかし、普及率が40%を超えれば必ず頭打ちになる。その時、うちはどうすればいいのか。今の成功に甘んじていたら、5年後の社員に食わせる飯がなくなってしまう。5年後、電子レンジに代わる何で勝負するか。それが今の私の最大の悩みなんです」

絶好調の真っ只中で、社長一人が「敗北の予感」に震えている。
これこそが、名社長の姿である。

凡庸な社長は、雨が降ってから傘を探す。
名社長は、雲ひとつない快晴の日に、5年後の嵐に備えて堤防を築き始める。
この「危機感の先取り」ができるかどうかが、社長の格を決めるのだ。


「今が好調」という名の猛毒

多くの会社が、なぜ倒産するのか。
それは、皮肉にも「業績が良い時」にその原因が作られる。

業績が好調だと、人間は慢心する。
「うちの商品は素晴らしい」「今のビジネスモデルは完璧だ」
そう確信し、変化を止めてしまう。

だが、一倉定は冷徹に言い放つ。
「永久に繁栄を続ける商品など、この世に一つも存在しない」

どんなヒット商品にも、必ず寿命がある。
革新的な技術が現れ、顧客の好みが移ろい、強力な競合が安値で攻めてくる。あるいは、市場そのものが跡形もなく消え去ることだってある。これは経営における「絶対法則」だ。

衰退の兆しが見えてから対策を練っても、もう遅い。
先述した通り、代わりの柱を作るには5年かかるからだ。
つまり、今が最高に儲かっている時こそ、次の事業を死に物狂いで仕込まなければならない。

しかし、好調な時に危機感を抱くのは、並大抵のことではない。
売上が伸び、利益が出ている時に「5年後は危ない」と言えば、社内からは必ず反発が出る。
「なぜ、うまくいっているやり方を変える必要があるのか」「現場を混乱させないでくれ」

だからこそ、これは社長にしかできない、孤独な仕事なのだ。
社員は「今日」を生きている。目の前の顧客に対応し、今の業務を遂行するだけで精一杯だ。彼らに5年後の心配をしろというのは酷である。

社長だけが、好調の裏側に潜む「死神」の姿を凝視し、未来のための投資を決断しなければならないのだ。


本田宗一郎が震えた「霊感」の正体

ホンダの創業者、本田宗一郎。
希代の技術者であり経営者だった彼もまた、一倉定が認める「5年後を生きる社長」の一人だった。

かつて本田は、ヨーロッパ視察でドイツのバイエル製薬を訪れた。
かつてアスピリンで世界を支配した巨大企業バイエル。だが本田が見たのは、栄光の影で苦悶する姿だった。
古い成功体験に縛られ、新薬の開発を怠ったバイエルは、他社に次々と市場を奪われ、長期的な衰退の沼に沈んでいたのだ。

その光景を目にした瞬間、本田は「霊感三度の思い(身の毛もよだつような恐怖)」を感じたという。
彼はすぐさま日本へ飛び帰り、莫大な資金を投じて研究所を設立した。

驚くべきは、その研究所設立の目的だ。
普通なら「さらなる飛躍のため」とか「世界一を目指すため」といった威勢のいい言葉が並ぶだろう。
だが、本田が記したのは、あまりにも切実な言葉だった。

「将来の安全のため」

あの攻撃的なホンダが、研究開発を「防御」だと位置づけたのだ。
一倉定はこの発想に、経営の本質を見出し、深く感銘を受けた。

未来への投資は、単なる「攻め」ではない。
会社を潰さないための、絶対的な「防衛策」なのだ。
新商品を生み出すのは、売上を増やすためではない。
「今の商品が死んだ時に、会社が死なないようにするため」である。

「余裕ができたら未来に投資しよう」などという考えは、甘えを通り越して罪悪ですらある。
生き残るために、今すぐ、未来に金を投げなければならないのだ。


長期構想は「今日」という一日のためにある

「5年後のことなんて、忙しくて考えていられない」
そう嘆く社長に、一倉定は鋭い刀を突きつける。

「長期事業構想というのは、遠い将来の夢を語るためにあるのではない。『今日ただいま、何をしなければならないのか』を決定するためにあるのだ」

5年後にどうなっていたいか。それを描くのは、5年後のためではない。
「今日の自分の行動」を正すためだ。

5年後に新しい事業を収益の柱にしたいなら、今日、誰に会い、どんな指示を出し、どの予算を削るべきか。
5年後に市場が消えることがわかっているなら、今日、どのプロジェクトを中止する決断を下すべきか。

未来から逆算すれば、今日の一分一秒がいかに貴重かがわかるはずだ。
今月の売上に追われ、場当たり的な対応を繰り返している社長に、未来を作る資格はない。
目の前の数字という「点」だけを見て、5年後という「線」を無視し続けた結果、多くの会社が歴史から姿を消していった。


覚悟の問いかけ

社長。
あなたは今日、何年後の世界を見て、その椅子に座っていただろうか。

もし、今月の数字、今期の利益、社員の機嫌……そんな「今日」のことばかりに心を奪われていたなら、それは社長の仕事ではない。それは部長や課長に任せるべきことだ。

もう一度、自問してほしい。
5年後、今のあなたの会社を支えている商品は、まだ輝きを失っていないか?
5年後、今の顧客は、まだあなたの会社を必要としているか?

その答えが「ノー」なら、あなたは今日、何を始めるのか。

長期経営構想は、決して夢物語ではない。
それは、会社を死なせないための、社長の「血の滲むような覚悟」の証明なのだ。

5年後の「現在」を救えるのは、今日この瞬間を戦う、あなたの決断だけである。


次回は第10話 →「遠い業種・遠い国から学べ」── 同業者の真似は衰退の始まり

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA