「うちの業界は冷え込んでいるから」
「最近の若手社員は根性がない」
「立地条件が悪すぎるんだ」
業績が傾いたとき、多くの社長は無意識に「外」へ理由を求める。
自分以外の何かに責任を押し付け、今の苦境を正当化しようとする。
だが、その甘えを真っ向から叩き潰す男がいる。
伝説のコンサルタント、一倉定だ。
5,000社を超える企業を修羅場のごとく歩き、倒産寸前の会社を数多く救ってきた彼が、骨の髄から導き出した「あまりにも残酷で、あまりにも希望に満ちた結論」がある。
それがこれだ。
「いい会社・悪い会社はない。あるのは良い社長と悪い社長だけである」
この言葉を聞いた瞬間、あなたは激しい拒絶感を覚えるだろうか。それとも、身の引き締まる思いがするだろうか。
もし、あなたが今の業績を「環境のせい」にしているのなら、この一文は死刑宣告のように響くはずだ。
しかし、絶望する必要はない。
「社長次第で会社が決まる」ということは、逆を言えば「社長さえ変われば、会社は今この瞬間からでも変わり始める」ということなのだから。
【真実】業績の差は「外部環境」ではなく「社長の姿勢」で決まる
世の中には、不況の中でも過去最高益を叩き出す会社がある。
一方で、空前の好景気に沸く業界にいながら、静かに息絶えていく会社もある。
同じ市場、同じ税制、同じ景気。
外部条件が全く同じであるにもかかわらず、なぜこれほどまで残酷な差が生まれるのか。
一倉定は、数多の社長を観察し続ける中で、一つの明確な「法則」を見出した。
伸びる会社の社長と、沈む会社の社長。
彼らの考え方と行動様式は、驚くほど「正反対」だったのである。
その決定的な違いは、大きく分けて三つある。
違い①:社長の視線は「お客様」に向いているか、「社内」に向いているか
良い社長は、とにかく社内にいない。
社長室の椅子に座っている時間を「無駄」だと考え、一刻も早く外へ飛び出そうとする。
お客様の元へ足を運び、市場の変化を五感で捉え、競合の動きを肌で感じる。
「商売のヒントは、すべて社外にある」ことを知っているからだ。
対して、悪い社長は「城」にこもる。
ふかふかの椅子に深く腰掛け、部下が持ってくる小綺麗な報告書を眺め、会議に明け暮れる。
重箱の隅をつつくように社員のミスを叱責し、社内の管理体制ばかりをいじる。
本人は「仕事をしている」つもりだが、それはただの「内向きの作業」に過ぎない。
お客様の顔が見えなくなった会社から、運は逃げていく。
違い②:すべての結果を「わが事」と捉えるか、「他人事」にするか
良い社長は、異常なまでに責任感が強い。
たとえ担当者が起こしたミスであっても、市場の急変であっても、「すべては自分の責任だ」と考える。
「自分の方針が甘かった」「自分の指導が足りなかった」と自らを省み、そこから次の対策を必死に捻り出す。
責任を引き受けるからこそ、社長としての「権威」と「突破力」が生まれるのだ。
一方で、悪い社長は言い訳の天才だ。
「社員の質が低い」「銀行が冷たい」「政治が悪い」。
口を開けば「自分以外の誰か」への不満が飛び出す。
責任を転嫁した瞬間、社長の思考は停止する。
「自分は悪くない」という免罪符を手に入れた代わりに、会社を救うための「変革の力」を自ら捨て去っているのである。
違い③:見ているのは「5年後の未来」か、「目先の数字」か
良い社長は、常に「未来の危機」と戦っている。
今、どれほど業績が絶好調であっても、「このままでは5年後は危ない」と本気で怯えている。
だからこそ、好調な時ほど次の収益の柱を探し、未来への投資を惜しまない。
彼らのカレンダーには、常に「3年後、5年後のわが社の姿」が書き込まれている。
悪い社長は、常に「昨日の数字」に追われている。
月末の集計、今期の決算、目の前のクレーム。
過去から流れてきた結果を処理することに忙殺され、未来を構想する余裕が1ミリもない。
自転車操業のように今日を生き延びることだけを考え、気づいたときには時代に取り残されている。
【実例】「任せる経営」で倒産危機に陥ったメーカーが、わずか半年でV字回復した理由
「理屈はわかった。だが、本当に社長一人でそこまで変わるものなのか」
そう疑うあなたに、一倉定が実際に立ち会った、ある機械メーカーの劇的な再生劇を紹介しよう。
その会社は、高度経済成長の波に乗り、かつては順調に成長していた。
しかし、時代の変わり目に差し掛かり、徐々に業績が停滞し始める。
焦った社長は、ある有名なコンサルタントに泣きついた。
そこで受けたアドバイスは、現代でもよく耳にするような甘い言葉だった。
「社長、あなたは働きすぎです。もっと部下を信頼しなさい。製造は製造部長に、販売は販売部長に任せる。社長は細かい口出しをやめ、一歩引いて見守るのが『近代経営』というものです」
真面目な社長は、その教えを忠実に守った。
現場への口出しをやめ、部長たちに全権を委譲し、自分はじっと社長室で耐えた。
社員の自主性を重んじ、民主的な経営を目指したのだ。
その結果、わずか2年で会社は真っ赤な赤字に転落。倒産の足音が聞こえるまでになった。
「任せる」という言葉は、裏を返せば「社長の怠慢」でしかなかったのだ。
進むべき方向を見失い、沈みゆく泥舟の中で、社長は最後の手がかりとして一倉定の門を叩いた。
一倉の指導は苛烈を極めた。
「任せるなど100年早い! 社長がすべてを決めろ。社長が真っ先に泥をかぶれ!」
社長は目を覚ました。
かつての「甘い近代経営」を捨て去り、地を這うような「泥臭いワンマン経営」に立ち返った。
自ら深夜までかかって経営計画を練り上げ、自らカバンを持ってお客様の元へ走り回った。
7月に指導が始まり、8月、9月、10月。
一倉が訪問するたびに、会社の空気は見違えるように変わっていった。
それまで「社長は何もしてくれない」と冷ややかだった社員たちの目つきが、徐々に熱を帯び始めたのだ。
11月の合宿ゼミでのことだ。
同室になった他の社長は、そのメーカーの社長の姿に戦慄したという。
「あの人はいつ寝ているんだ? 深夜2時を回っても、まだ鬼のような形相で経営計画書を書き直している。翌朝、私が目を覚ましたときには、彼はもう机に向かっていた」
死に物狂いの半年間。
そして翌年1月、奇跡は起きた。
月次決算で、ついに黒字化の見通しが立ったのである。
経営計画発表会の当日。
意外な人物が壇上に上がった。それまで激しく対立していた労働組合の委員長だ。
彼はマイクを握り、震える声でこう宣言した。
「私たちは、社長の覚悟を見ました。この計画に、組合として全面的に協力することを誓います!」
委員長は壇を降りるなり、社長の元へ駆け寄り、力強く握手を交わした。
会場は割れんばかりの拍手に包まれた。
変わったのは、市場ではない。景気でもない。
ただ一つ、「社長の姿勢」が変わった。それだけで、会社は死の淵から蘇ったのだ。
「不景気のせい」という言い訳が、社長の成長を止める
「しかし、今のこの不景気はどうしようもない。これは社長の責任を超えているのではないか」
そんな反論が聞こえてきそうだ。
一倉定は、そんな甘えを一切許さない。
「不景気はすべての会社に平等にやってくる。だが、それをまともに食らって倒れる会社と、あらかじめ備えておいて涼しい顔で通り過ぎる会社がある。その差こそが、社長の責任だ」
台風を止めることは誰にもできない。
だが、台風が来る前に屋根を補強し、窓に板を打ち付けておくことはできる。
景気が良い時に浮かれて放漫経営に走り、不景気が来た途端に「政治が悪い」と喚き散らす。それは経営者ではなく、ただの博打打ちだ。
好況の時にこそ手形を減らし、無駄な設備投資を抑え、筋肉質の体質を作っておく。
最悪の事態を想定し、今日やるべきことを冷徹に実行する。
その「平時の備え」こそが、有事の際の明暗を分ける。
「景気のせい」と言った瞬間、社長は考えることをやめる。
「自分のせい」と言い切るからこそ、不景気の中でも生き残るための道が見えてくる。
社長の姿勢を正すこと。それこそが、あらゆる経営手法に先立つ「絶対条件」なのだ。
結論:会社を変えたければ、まず社長である「あなた」が変われ
あなたの会社の今の姿は、鏡に映ったあなた自身の「心構え」そのものである。
もし、今の業績に不満があるのなら。
もし、社員の動きに苛立ちを感じているのなら。
まず変えるべきは、組織図でも、給与体系でも、商品ラインナップでもない。
あなた自身の「姿勢」だ。
- あなたは今日、何人のお客様の声を直接聞いたか?
- あなたは今日、発生した問題を「誰かのせい」にしなかったか?
- あなたは今日、5年後のわが社のために、具体的に何をしたか?
一倉定の教えは厳しい。逃げ道をすべて塞がれるような苦しさがある。
しかし、これほどまでに社長の可能性を信じている言葉も他にない。
「良い会社・悪い会社はない。あるのは良い社長と悪い社長だけである」
この言葉を胸に刻み、今日からの一歩を踏み出してほしい。
社長であるあなたが変われば、会社は必ず、劇的に変わり始めるのだから。
第3話 →「社長は事業を経営する人である」── 当たり前のことが当たり前でなくなっている

