第4話:社長の仕事は「決定」だけ ── 実施を任せ、決定は絶対に渡すな

「毎日、朝から晩まで必死に働いている。現場にも顔を出し、トラブルがあれば自ら陣頭指揮を執る。それなのに、なぜか業績が上向かない……」

もしあなたがそんな悩みを抱えているとしたら、原因は極めてシンプルだ。
あなたは「社長の仕事」をしていない。ただ「忙しい社員」として動いているだけなのだ。

伝説の経営コンサルタント、一倉定は断言する。
社長の役割とは、たった一つしかない。それは「決定」することである。

「決定」こそが企業の運命を左右し、社員の生活を守り、未来を切り拓く唯一の手段だ。
この一線を踏み外したとき、会社は音を立てて崩れ始める。


9割の社長が陥る「役割の取り違え」という致命傷

一倉定の教えは、あまりにも明快だ。

社長の役割は「決定」である。社員の役割は「実施」である。

何を売り、どの市場へ進出するのか。どの事業を継続し、何を切るのか。
巨額の投資をどこに行うのか。
これら、会社の屋台骨を揺るがす「戦略的な意思決定」こそが、社長だけに許された聖域である。
この聖域を、一ミリたりとも他人に譲ってはならない。

一方で、決定された方針をどう具体的に動かしていくかという「実施」は、社員の領分だ。
ここは全面的に任せていい。いや、任せなければならない。

しかし、現実はどうだろうか。
驚くべきことに、ほとんどの社長がこの役割を「逆」に捉えている。

決めるべき重大な事項を「みんなで相談しよう」と社員に丸投げし、現場の細かなやり方(実施)については「ああしろ、こうしろ」と口を出す。
「任せている」と言いながら、実は「決定」を放棄し、「実施」に干渉しているのだ。

なぜ、これほど多くのリーダーが間違いを犯すのか。
一倉は、世に溢れる甘いマネジメント論を痛烈に批判する。

今の経営学には「決定」という魂が抜けている。
組織の管理手法や、社員のモチベーション管理、日常業務の効率化ばかりを説いている。
その結果、「みんなで決めるのが民主的で良い経営だ」という、恐ろしい勘違いが蔓延してしまった。

断言しよう。社長が社員の仕事のやり方を手取り足取り教えるのは、仕事ではない。
それはただの「おせっかい」だ。
社長がやるべきは、企業の運命を賭けた「決定」そのものである。


「社員が反対するので値上げできません」という末期症状

一倉定のもとを訪れた、ある中小企業の社長の話をしよう。
彼は映画館、喫茶店、そしてスーパーの惣菜コーナーを経営していた。

悩みは、赤字が止まらない惣菜コーナーだ。
年を追うごとに損失は膨らみ、映画館と喫茶店で稼いだ利益を食いつぶしている。
このままでは、会社全体が沈没するのは時間の問題だった。

「先生、どうすればいいでしょうか」

窮状を訴える社長に対し、一倉の回答は冷徹かつ的確だった。
「惣菜コーナーで利益が出ないのは構造の問題だ。価格を100円に上げるしかない。それができないなら、今すぐその事業を捨てなさい」

すると、社長は困り果てた顔でこう漏らした。
「……私もそう思うんです。ですが、社員に相談したら全員に反対されまして。とても値上げなんてできないんです」

その瞬間、一倉の怒声が飛んだ。
「誰が社長か! 会社が潰れたとき、誰が責任を取るのか!」

社員は責任を取れない。取らなくていい立場だからだ。
会社が倒産し、路頭に迷うリスクを一身に背負っているのは、社長ただ一人ではないか。
責任を負わない者に「決定」を委ねるなど、経営の自殺行為でしかない。

一倉は、立ち尽くす社長に「決定の作法」を叩き込んだ。

  1. まず、社長が「100円に値上げする」と独りで決定する。
  2. 次に、全社員の前でその決定を毅然と宣言する。
  3. なぜこの決定が必要なのか、会社を守るためにいかに不可欠かを説明する。
  4. その上で、「やり方についてはお前たちの知恵を貸してほしい」と頭を下げて頼む

「やるかやらないか」を決めるのは社長。
「どうやるか」を考えるのが社員。

この順序を入れ替えた瞬間、組織の歯車は狂い出す。
後日、この社長からは「先生の言葉が骨身に染みました。決定してから道が開けました」と、震えるような感謝の報告が届いたという。


部門別損益は「社員を責める道具」ではない

「決定こそが社長の仕事」という原則を理解すると、数字の見方も劇的に変わる。

多くの会社が「部門別損益」を導入している。
各部門長に利益責任を持たせ、赤字が出れば叱責し、ボーナスを削る。
一見、実力主義で合理的な仕組みに見えるだろう。

だが、一倉定はこの風潮を「社長の怠慢」として一蹴する。

「営業部長の立場になって考えてみろ。何を売るか、どこの市場で戦うか、人員をどう配置するか。その根幹はすべて社長が決めているはずだ。部長が自由に動かせる範囲など、たかが知れている。それなのに『利益が出ないのはお前の責任だ』と責めるのは、筋違いも甚だしい」

部門別損益は、社員を評価するための道具ではない。
それは、社長が「次の一手」を決定するための判断材料なのだ。

数字を見て、「この事業は構造的に厳しい。テコ入れが必要だ」「この市場は伸びるから投資を増やそう」と判断するのは社長の役目だ。
業績不振の責任は、その事業構造を放置してきた社長自身にある。

優れた社長は、数字が悪ければ「自分の決定が間違っていたのではないか」と自らを省み、死に物狂いで改善策を決定する。
凡庸な社長は、数字が悪ければ「現場の努力が足りない」と社員を責め、自らは考えることを放棄する。

数字を使って「決定」を下すのが社長。
数字で社員を追い詰めるのは、ただの「逃げ」である。


孤独な「決定」こそが、全社員を救う光になる

惣菜コーナーの例が教えてくれる真理は、あまりにも重い。

「やり方は社員に聞けばいい。しかし、やるかやらないかを決めるのは社長だ」

値上げか、据え置きか。
継続か、撤退か。
攻めか、守りか。

これらの決断を社員に委ねてはならない。
なぜなら、社員には「会社全体の運命に対する最終責任」がないからだ。
責任なき決定は、必ず目先の感情や楽な道へと流される。
そして、その緩やかな衰退のツケを払わされるのは、結局のところ社員たち自身なのだ。

「みんなの意見を尊重する優しい社長」は、時として「決断できない無責任な社長」へと変貌する。
独りで決め、その責任をすべて背負う。
その孤独な覚悟こそが、実は社員とその家族を最も深く守ることにつながるのだ。

一倉定の言葉を、もう一度噛み締めてほしい。
社長の役割は決定である。これは絶対に、他人に任せてはならない。


今日の問いかけ

あなたは今、この瞬間に「社長にしかできない決定」を下しているだろうか。

「現場に任せている」という言葉を、決断から逃げるための言い訳に使っていないだろうか。
値上げ、不採算事業の整理、新規投資、組織の抜本的改革。
社員が反対しそうなこと、痛みを伴うことこそ、あなた一人で決めなければならないことだ。

社員に相談するのはいい。だが、答えを求めてはならない。
答えは、あなたの胸の中にしかないのだ。

次は、この「任せる」という美しい言葉の裏側に潜む、恐ろしい罠についてさらに深く踏み込んでいく。


第5話 →「『任せる』は怠慢の隠れ蓑」── 権限委譲の本当の意味

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