「もっと部下を信じ、権限を委譲しなさい」
マネジメントの教科書を開けば、必ずといっていいほどこの言葉が出てくる。
「社長がすべてを抱え込んではいけない」「優秀な人材に任せて、社長は大局を見るべきだ」
一見、耳に心地よい正論だ。理想的なリーダー像に見えるだろう。
だが、一倉定は、この「任せる」という甘美な響きに、烈火のごとく怒る。
「任せる」とは、社長をこれほど侮辱した言葉があるでしょうか。「お前みたいなボンクラ社長は引っ込んでろ、優秀な人材にやらせろ」というのが、この言葉の意味するところです。
なぜ、これほどまでに「任せる」を嫌うのか。
そこには、日本の経営者が陥りやすい、恐ろしい「罠」が隠されているからだ。
善意の助言が、会社を死に追いやる
ある機械メーカーの社長がいた。
高度経済成長の波に乗り、会社は順調に拡大した。しかし、オイルショックが日本を襲う。低成長時代に入ると、それまでの「作れば売れる」手法が通用しなくなった。業績は一気に停滞した。
焦った社長は、名高いコンサルタントを招いた。
そこで受けたアドバイスは、現代でもよく聞く「近代的なマネジメント」そのものだった。
「社長、何でも一人で抱え込みすぎです。それが組織の成長を止めている。もっと部長たちを信頼し、権限を委譲しなさい。製造は製造部長に、販売は営業部長に、資金は経理部長に。社長は細かな会議に出ず、どっしりと構えていればいいのです」
真面目な社長は、その言葉を信じた。
「自分のやり方は古かったのか。これからは部下の自主性を重んじよう」
反省した社長は、指示を出すのをやめた。決定をすべて各部門に「任せた」のだ。
その結果、わずか2年で会社は赤字に転落した。
業績は坂道を転げ落ちるように悪化した。コンサルタントの言う通りにしたはずなのに、なぜなのか。社長には理由がわからなかった。赤字は膨らみ続け、もはや倒産の二文字が現実味を帯びてきた。
絶望の淵に立たされた社長は、藁をも掴む思いで一倉定の門を叩いた。
「ワンマンに戻せ」という衝撃の処方箋
一倉の診断は、あまりにも過激だった。
「今すぐ、ワンマン経営に戻しなさい」
耳を疑う言葉だ。世の中の流れに逆行している。だが、一倉の目は、迷走する組織の本質を冷徹に見抜いていた。
当時、一倉のゼミは数ヶ月先まで予約で埋まっていた。指導開始まで5ヶ月の空白があったが、死を覚悟した社長は、その間にも自ら行動を変え始めた。「任せる」という逃げを捨て、再び現場に介入し始めたのだ。
5ヶ月後、一倉が会社を訪れると、社長の表情は一変していた。
「先生、ワンマンに戻したところ、社内の空気がガラリと変わりました。数字はまだ赤字ですが、手応えがあります」
そこから、一倉による「地獄の指導」が始まった。
社長は自らペンを取り、経営計画書を作成した。
自ら最優先事項を決定し、最前線のお客様を回り始めた。
「任せる」という言葉で封印していた社長のエネルギーが、組織の隅々にまで注入されていった。
7月、8月、9月……一倉が訪れるたびに、会社は劇的に蘇っていった。
ある時、フィジー島で行われた合宿ゼミでのことだ。
同室になった別の経営者が、一倉に驚きを伝えた。
「あの社長、いつ寝ているんでしょうか。深夜0時を過ぎても、鬼のような形相で経営計画書を書き上げている。そして翌朝、私が目を覚ますと、もう机に向かっている。あんなに必死な男を、私は見たことがありません」
一倉は、静かに頷いた。
「それが、社長というものです」
労働組合が味方に変わった瞬間
再生の結果は、驚くべき速さで現れた。
指導開始から、わずか半年。月次決算で黒字が確定したのだ。
さらに象徴的な出来事が起きた。
経営計画の発表会でのことだ。それまで社長と激しく対立し、会社の方針に不協力だった労働組合の委員長が、自ら壇上に上がりたいと申し出たのだ。
彼は、全社員の前でこう叫んだ。
「我々労働組合は、ただいま社長が打ち出した方針に、全面的に協力することをここに誓います!」
壇を降りた委員長は、社長のもとへ歩み寄り、力強く握手を求めた。
一倉はこの光景を見て、確信する。
「労働組合が非協力的なのは、社長が悪いのだ」
社長が死に物狂いで働き、すべての責任を背負って決定を下す姿。
その「後ろ姿」を見た時、社員は変わる。理屈ではない。社長の覚悟が、組織の魂を震わせるのだ。
「決定」の丸投げは、経営の放棄である
この事例から、我々が学ばなければならない教訓は極めて重い。
「任せる」には、決定的な二つの違いがあるのだ。
- 正しい任せ方 = 社長が決定した方針を、どう「実施」するかを任せる。
- 間違った任せ方 = 何をすべきかという「決定」そのものを任せる。
あの機械メーカーを赤字に追い込んだコンサルタントの助言は、後者だった。
製造の方針、販売の戦略、資金の使い道……これらは本来、社長が下すべき「決定」だ。それを部長たちに「任せて」しまった。
社長が決定を放棄すれば、組織はバラバラになる。
各部長は、自分の部門にとって都合の良いことだけを考えるようになる。
全体最適を考える者がいなくなり、会社は漂流を始める。
「ワンマンに戻せ」とは、独裁者になれという意味ではない。
「決定権を、社長の手に取り戻せ」ということだ。
何をやり、何をやめるか。その最終判断だけは、絶対に他人に渡してはならない。
なぜ、社長は「任せる」と言ってしまうのか
正直に告白しよう。
「任せる」という言葉は、社長にとってこれ以上なく「心地よい」のだ。
なぜなら、楽になれるからだ。
決定を下すことには、常に恐怖が伴う。
もし間違えたら。もし損害が出たら。その重圧は、血を吐くような苦しみだ。
しかし、「部長に任せている」と言ってしまえば、失敗の責任を心のどこかで転嫁できる。
「あいつが失敗したからだ」「部下が育っていないからだ」
経営書を読み、「自分は権限委譲をしている開明的な経営者だ」と自分を騙しながら、実際には決定の苦しみから逃げているだけ。
一倉定は、その醜い本心を容赦なく剥ぎ取る。
「それはマネジメントではない。社長の怠慢だ」
決定から逃げた社長のもとで、会社が反映することなど、万に一つもない。
社員には、会社の運命に対する最終責任はない。
責任を負わない者の判断は、必ず「甘さ」を生む。その甘さが、会社をじわじわと腐らせていくのだ。
あなたの「任せる」は、本物か
今、この瞬間、あなたが部下に「任せている」と思っている仕事。
それは、本当に「実施」を任せているのだろうか。
それとも、判断の責任を負うのが怖くて、丸投げしているだけではないか。
「任せる」は美徳ではない。
社長という重責から逃げ出すための、卑怯な言い訳に使ってはならない。
決定の重圧をすべて背負い、死に物狂いで未来を切り拓く。
その社長の覚悟こそが、停滞した組織を蘇らせる唯一の特効薬なのだ。
次は、たった一人の「決定」がいかにして何万人もの命と社運を救ったか。
近鉄の名経営者・佐伯会長が、未曾有の大災害の夜に下した驚愕の決断を見ていこう。
第6話 →「近鉄・佐伯会長の一大決断」── 伊勢湾台風の夜、たった一人で下した決断

